5月13日に定年後再雇用時の賃金に関して重要な判決が東京地裁でありました。判決文が公開されていませんので、新聞記事を元にお話いたします。
御参考として、こっちらのリンク先をご覧ください(リンク先はニュースサイトのため、告知なく記事が削除される場合があります)。
朝日新聞デジタル 「
同じ業務で定年後再雇用、賃金差別は違法 東京地裁判決」
産経ニュース 「
定年後も同じ仕事なのに賃下げは「違法」 東京地裁が初判断」
裁判の争点となったのは、労働契約法20条(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)違反です。この条文は、同じ雇用主の従業員であれば有期雇用の人(嘱託社員や契約社員等)と無期雇用の人(正社員)の間で業務の内容やそれに対する責任の程度等を考慮して労働条件が不合理であってはならない、というものです。
この条文をそのまま読めば、同時期に雇用している従業員のAさんとBさんの間の関係か?と思いがちですが、今回の判決では同じ人であっても、過去の条件と現在の条件とで不合理があってはならない、というものとなっています。
記事によれば、裁判長は「正社員と嘱託社員で職務内容や配置変更(転勤)の範囲、責任の度合いに違いがないのに、賃金額が異なるのは不当だ」とし、「『特段の事情』がない限り、同じ業務内容にもかかわらず賃金格差を設けることは不合理だ」と指摘したとなっています。また、「コストを抑制しつつ定年後の雇用確保のために賃下げをすること自体には「合理性はある」」としつつ「業務は変わらないまま賃金を下げる慣行が社会通念上、広く受け入れられているという証拠はない」と指摘。「(定年後の再雇用を)コスト圧縮の手段とすることは正当化されない」と述べたとなっています。また、「会社の経営状況は悪くなく、賃金を抑える合理性はなかった」「再雇用が年金までのつなぎだとしても、嘱託社員の賃金を下げる理由にはならない」ともされています。
これは、定年後の再雇用において賃金を下げる事自体は問題ないが、定年前と何も変わらないのに「定年になった」というだけで賃金を下げる事はダメ、ということです。つまり、定年後に賃金を下げるのであれば、その業務の内容や責任の程度も軽くしなければならない、ということになります。
これ自体は至極まともな話で、なんら驚く内容ではないだろうと私は思います。同じ仕事をしているのなら同じ給料をよこせというのは、従業員側からすれば当然の主張となるでしょう。上級審では違う判決がでるかもしれないと仰っていらっしゃる方もいらっしゃるようですが、私は難しいだろうと思っています。
となれば、定年後に再雇用をし、尚且つ賃金(給与)を下げる場合には、仕事内容を軽易なものに変え、責任も軽くしなければならないこととなります。単に「定年だから」というだけの理由で給与を下げる事はできませんし、定年に伴って役職を外したとしても実質的に定年前と同じ仕事や責任があるのであれば、給与額の減額が認められない可能性が高いですので御注意下さい。
これらの事は、社会保険労務士に御相談されていれば、似たような回答があったのではないか?と思います。人件費削減をうたうコンサルタントでは、単純に数字の計算のみをして問題ないと言っているケースがあります。十分に御注意下さい。
現実問題として、軽易な仕事なりポストなりがあれば問題はないでしょうが、そのような対応が取れないというケースもあるかと思います。このような場合には、定年前の給与額をそのまま支払っていただく必要が生じてしまいます。
この対処法の1つとしては、可能であれば定年より数年前から準備をしていただくこととなるかと思います。50歳代も後半になってきた頃に、仕事内容を少しずつ変えていただき、それに合わせて給与額も変えていくというような対応をする必要も出てくるでしょう。
また、年金の一部支払いがある場合で、年金を受け取れば実質的に手取り額を定年前とほぼ同じ額にするように給与額を設定するという方法がよくありますが、この場合も、定年前の給与額が高ければ年金を受け取るためには大きく給与額を下げなければならないこととなりますので、定年前後の受取り額の差を大きくしないためには事前から給与額を下げていく必要が生じてしまいます。
場合によっては、これらの問題を踏まえての人事制度を早いうちから導入される必要もあるかもしれません。
定年が理由であれ、事前準備としての対応であれ、給与額が下がるのであれば、会社側から一方的に決める事は当然にできません。該当する従業員とよく話あっていただき、後々のトラブルにならないように対応していただく必要があります。もし、ここでお互いの折り合いがつかないとなれば、定年後の再雇用も定年前と同じ額の支払いが必要となってしまいます。一度、このような判決が出てしまっていますので、今後同様の要求が増えることは容易に想定できます。
今回の裁判でも、会社側は「運転手らは賃下げに同意していた」と主張していたようですが、判決では「同意しないと再雇用されない恐れがある状況だったことから、この点も特段の事情にはあたらない」と判断されています。おざなりな対応では後で大きなトラブルとなりえますので、本当の納得を得ているかどうかが重要なポイントとなります。この場合には、従業員本人だけでなく家族の同意にも注意していただく必要があります。
人件費は会社側から見ればコストかもしれませんが、従業員本人にとっては生活するための必須のお金となります。会社の都合だけで変更できるものではないということは、よく考えていただく必要があります。
尚、もしも会社の業績が悪く、定年に関わりなくリストラをしなければならないという事態であれば、当然に別の話となりますので、その場合は別途方策をお考えいただく事となります。